『落穂拾い』を観て彼女を知ったのだが、そのタイトルで落ちてしまった。



ミレーの『落穂拾い』は、大きな鎌でザクザク刈り取られた後、その束から零れ落ちた麦穂を集め、蓄えとする小作民をモデルに描いた。
故に、とりわけ庶民に愛し愛された画家であり、その落穂拾いの行為は、大地主も認めていたと言う。

現代の『落穂拾い』は、出されたゴミの中から、まだ食べられる食べ物、
収穫された規格外の野菜の破棄された山の中から、食料を調達する人々を描いている、ドキュメンタリーだ。

決してエコを歌うのではなく、軽やかにヴァルダの視線の動きがそのまま映像となって流れるので、すぐそばの友達の遊びに眺めている感覚だ。
例えば、規格外のジャガイモは、なんてキュートなんだろう、とか。
スーパーのビカビカしたパッケージだらけの食品を買うことが、本当の幸せなのか。
大量消費を小馬鹿にしたような映像も、小気味よかった。

映画館で、2度ほど観ている。
ヴァルダの作品は他にも観ているが、映画が趣味とは言えない自分は、うる覚えだ。

今日観たのは、その夫の少年時代を描いた『ジャック・ドゥミの少年期』



小さな映写機を借りたことから、映像を作ることにのめり込んでいく少年の成長が、その時代と共に描かれている。
対象の一箇所をアップで長回しのシーンなど、「そうそう」とうなづいた。彼女の映像によくあるからだ。


語れるほどの言葉もないので、これ以上のことはないが、長回しが嫌じゃなかったり、出てくる人物に好感を持ってしまうところが、私に取って彼女の映画は、心が落ち着く。
老人がかつて子供だったように、私達がいつでも無邪気になれることを、お尻の下から後押ししてくれるのだ。
ヴァルダの作品なら、全て観たい。

ジャック・ドゥミの映画が、フランス映画におけるヌーヴェル・ヴァーグ時代と呼ばれていると、一致したのは今日だった。
そもそもヌーベルバーグがわからないけど、何作か観ていた。『シェルブールの雨傘』など。

20代、弐番館の映画館で、1300円2本立てを、晩ご飯の時間もお金も削り、貪るように観ていた。

今、なんの糧になってるかわからないけど、『落穂拾い』だけは、影響を受けている。

デザインニットではなく、労働するためのニットを作りたい。
ワーキングクラスヒーローのためのオートクチュールだ。


ジャック・ドゥミも、父は自動車整備工場、母はガソリンスタンドと美容院を掛け持ちする家で生まれ、父親から勧められた進路は職業訓練校だった。


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