いろいろ試したけど、何ひとつうまくいかないし、できない。
カステラを焼いてみた。

途中で何度もやめようと、ベーキングペーパーを敷くのだって、手間取っちゃって、えらく時間がかかってさ。

カステラできた。
2日置くと、おいしくなるそうな。
年明け編み物クラブのオヤツかなぁ。

現状維持って、今より少しずつ上がっていかないと、現状維持にはならないと、ラジオで大吉先生が言っていた。
今の私は、そんなことは程遠く、さらに風邪まで引いたので、畳の目を数えるように、(これは男女の別れの常套句だったか)
1mmごと、小さいのを積み重ねるしかない。
カステラを焼くのは、それに持ってこいの仕事だった。
失敗してもそう罪は重くなく、少しやる気を出せばたぶんうまくいくと、予想できるほどの。
ほぼ、ハンドミキサーの手柄。

大風邪を引き、年末年始の活動は強制終了となった。

『この海に』再読。




『アラン島』の著者J・M・シング作、劇作家としても活躍した彼の戯曲。
原邦題『海へ騎りゆく人々』

シングの『アラン島』は、紀行文で、アイルランド本島から訪れたシングから見る、独特の風習や神話から成り立つ島の生活が、軽やかに語られている。
その世界に浸り、いつまで読み終わりたくなかった。
自分もゲール語をシュルシュルと話してみたくなり、辞書はないかと探したものだ。


『この海に』

一人の老婆とその二人の姉妹は、かつては6人の息子と夫、義父が漁師として共に暮らしていた。
夫、義父、息子が次々と荒波に飲まれ、残った若い二人の息子も、一人を葬るまでもなく、最後の末息子まで旅立っていく。

厳しい海での仕事故、死体が上がれば幸運で、
引き上げられた靴下や、シャツの布端で、自分の兄弟と確認し、その事実をいつ母親に告げるのか、
兄のために編んだ靴下で「作り目は60で、4落としたからね」
姉妹のやり取りに、胸が掴まれる。

数日間は帰って来れぬ船に乗り出す末息子に、老婆が食事のパンを渡そうと、
そして渡せなかったその矢先、彼も呆気なく逝ってしまうのだ。

海が生きる糧の全てで、生き抜く事すら厳しいこの島で、全ての男手を失い、二人の娘と生き続ける老婆。
果てのない悲しみに、神さまの容赦などない。


訳者の高橋順子氏は、この戯曲を記しながら、東北大震災で出身の地、千葉は九十九里で、津波に奪われた沢山の友人家族へ思いを馳せる。

余震が続く土地で、「九十になる母も恐怖を飼い慣らしていこうとしている。」
銚子沖は豊かな漁場であり、潮風は荒いが、「海に面した土地は夏涼しく、冬は暖かい。」

私に何がわかるだろう。
表裏一体の、恵みを与え続けられる海に飲み込まれる命のことを。
広島には、土砂災害があった。
友人には、亡くなった知人や隣人がいる。
それでも私に、実感はないに等しい。

靴下の編み目を落とし、(多分裏編みのことだと思う)自分が編んだ確信はわかる。

人の命の重さなんて、自分の半径50cmでしかわからないと思う。

わからなさを自覚しなきゃ。
私がわからない事について、頼りなく掴んだ小さな確信を追って、思いを馳せる。

隣のおばあちゃんがくださった、おばあちゃんが育てた薔薇。
庭仕事初心者の私に、うちの畑に芽吹いた
「これがパンジーの芽ね、これは雑草」
と教えてくださり、
「温かくなったら一緒に取ろうね」
と約束しました。





18才の頃、勤めた会社の社長がわずかな入院の後、12月の初めに急死された。
社内の大掃除を終える頃、私は花を買ってくるようお使いに出された。
社長が正月休みの間、寂しくないように。
水仙を選んだ。

年が明け、出社しドアを開けた瞬間、
甘い香りがひんやりとした事務所いっぱい立ち込めていた。
花瓶いっぱいに活けた水仙が。

手袋の修理が届きました。
中指の横を傘で挟んでしまったそう。




このくらいの糸切れなら、すぐにお直しできます。



少し白めの毛糸のところが、新しく編み目を入れたところです。
仕上げ洗いをしたら、すっかり新しい毛糸は馴染んでしまうのですが、毎日使う季節です。
仕上げ洗いは春先に任せ、引き続き使って頂きます。


この手袋、もういつお作りしたのか思い出せなません。
もう5〜6年は使って頂いてることでしょう。

自転車通勤のレザー仕様です。
毛糸のままだと、手の平は傷みやすいので。
彼女の手の輪郭をなぞって、厚みを図り、
色を選んで頂き、お作りしました。
ラズベリー色が、彼女のラッキーカラーだと聞いた覚えがあります。

すっかり彼女の手の形になっています。



久しぶりの友達に会えたような、小さなやりとりがうれしいです。

Button Glove+ Suede
col.Sholmit/White+Raspberry
Shetland from Jamieson’s
11月某日

用事があり電車へ遠出。
珈琲豆焙煎の店で、オートミールクッキーキャロブ入りを自分のお土産にした。
こんなクッキーを作れるようになりたいと思ったのだ。
オートミールクッキーは、いつだって作ってみたかった。
うちの天火オーブンには、天板が一枚ずつしか入れられないから、編み物クラブのおやつにするには、効率が悪く、時間ばかりかかるから、作りそびれていのだ。

母へのお土産は、銘菓文部大臣賞最中。


12月某日

カーディガンのオーダー頂いてる小鳥ちゃんを、デザイン打ち合わせのため急遽お招きする。
タイミングあったので。
買い物途中、コーヒーが飲める食料品屋で、オートミールクッキーを小鳥ちゃんとのお茶受けに買う。
いつかおいしいオートミールクッキーが作りたいのだ。

打ち合わせが終わり、ちょっとそこまで小鳥ちゃんを見送り、帰って来ると私の皿に乗っていたはずのオートミールクッキーも、残り一枚ビニル袋に入ってるはずのオートミールクッキーも、全部消えていた。

ない、私のオートミールクッキー。
夕飯前、お腹を空かせた母が全部食べちゃった。
2枚で250円もしたんだぞ。
母さん、4枚中3枚も食べたんだぞ。
「また買いんさい。お金あげるけえ」
自分のためにだけなんか買えるもんか。
お皿に残ってたから、いらないんだって思ったんだって。
母さんには、最初にあげたのに。
私が打ち合わせしながら、食べられる訳ないじゃないか。集中してんだぞ。
オートミールクッキーを楽しみに帰って来たんじゃないか。
こんな時、ジェームス・ブラウンになるんだな。
JBもさぞかし悔しかったんだろうなぁ。

夕飯を終え、気分を変えようと来客用のケーキを焼くもまた思い出すあの口にできなかったサクサクを。


12月某日

オートミールを買った。
オートミールクッキーは自分で作ろう。
私の理想のオートミールクッキーを。
オートミールクッキーと、編み物だけの人になる。


12月某日

1度目。
ちょうどその日、友達がうちに寄ってくれたので、珈琲も淹れて一緒に味見。
明日の編み物クラブにも。

12月某日



2度目。
クッキー生地は、焼くと平らになるので、今度はドロップしてもペタペタ押さえずに焼いてみた。
平らになってるけど、厚みはあるなぁ。
明日の編み物クラブ用と、その翌日、何年かぶりに会う年上の友達のうちにお呼ばれする。
これだけ、たんまり持って行こう。
母にももちろん。



12月某日

クッキーは、中が少し生っぽかった。
カントリーマアム風と聞こえはいいが、オートミールクッキーは、バリっとしてなくちゃ。
友達のうちでは、レンジにかけてパリッとさせた。
やはり生地は押さえなくちゃだ。
厚みがあるまんまだとな。


12月某日

オートミールクッキーのことを考える。
バター、茶色の砂糖、卵、小麦粉、ベーキングパウダー、オートミール、チョコチップ。
これだけで充分なオートミールクッキーになるけど、自分は生姜の効いたクッキーが好きなんだった。
次のオートミールクッキーは、生姜を入れよう。
パウダーなら楽チン。
生なら、蜂蜜で少し煮詰めなくちゃな。

フルーツケーキを焼きました。



明後日の編み物クラブで、お出しします。
今年最後のクラブです。

先日の水曜の部は、膨らんだ上のところに生焼けを残してしまいました。
生地の分量が型に対して多かったようです。
計算はしたのですが、ドライフルーツが少し多かったかなぁ。
型より量が少なめがちょうど良いと、学習しました。
いや、火が強かったのかもしれない。
水曜のみなさんには申し訳ない。

大概のことは、1度目にうまくいくと、2度目で失敗し、最初でダメなら次でうまくいくのですけど、3度目はないも同然。
続けてうまくいった試しなど。


フルーツケーキだけは、それでも毎年焼いてるかと思うけど、
ちゃんと焼けたことありましたかね。

編み物クラブ共々、今年もお付き合いありがとうございます。



来年は無理でもいつかは自家製でと、柚子と金柑の苗木を植えました。
シトロンじゃないけどピールが作れます。
あと、胡桃かピーカンナッツを植えたいのですが、大きな木になっても困るしと、迷っています。
ただの夢見がちな初心者です。


カポーティは、子供の頃、スックという年の離れた従姉妹と、
毎年30個ものフルーツケーキを焼き、遠く離れた友人や、自分たちがお気に入りの相手に送りました。



「フルーツケーキの季節が来たよ!」

その中で、「泡立て器がぐるぐる回転し、スプーンがバターと砂糖を入れたボウルをかきまわし、ヴァニラが甘い香りを漂わせ・・・」という下りがあります。
友達のうちに回転式の手動ミキサーがあって、二人が使ったのは、きっとこんなミキサーだと貸してもらい、ケーキを焼こうとした時、心からウキウキしました。
やってみるとギアチェンジがあるわけでなく、2倍力の歯車は、電動に慣れてしまった怠け者には、到底気の遠くなる仕事でした。

あの二人はどこまでバターをフワフワにしたのだろう。
若い頃、長患いしたであろうスックの右腕だけは、たくましかったに違いないと思うのです。


『落穂拾い』を観て彼女を知ったのだが、そのタイトルで落ちてしまった。



ミレーの『落穂拾い』は、大きな鎌でザクザク刈り取られた後、その束から零れ落ちた麦穂を集め、蓄えとする小作民をモデルに描いた。
故に、とりわけ庶民に愛し愛された画家であり、その落穂拾いの行為は、大地主も認めていたと言う。

現代の『落穂拾い』は、出されたゴミの中から、まだ食べられる食べ物、
収穫された規格外の野菜の破棄された山の中から、食料を調達する人々を描いている、ドキュメンタリーだ。

決してエコを歌うのではなく、軽やかにヴァルダの視線の動きがそのまま映像となって流れるので、すぐそばの友達の遊びに眺めている感覚だ。
例えば、規格外のジャガイモは、なんてキュートなんだろう、とか。
スーパーのビカビカしたパッケージだらけの食品を買うことが、本当の幸せなのか。
大量消費を小馬鹿にしたような映像も、小気味よかった。

映画館で、2度ほど観ている。
ヴァルダの作品は他にも観ているが、映画が趣味とは言えない自分は、うる覚えだ。

今日観たのは、その夫の少年時代を描いた『ジャック・ドゥミの少年期』



小さな映写機を借りたことから、映像を作ることにのめり込んでいく少年の成長が、その時代と共に描かれている。
対象の一箇所をアップで長回しのシーンなど、「そうそう」とうなづいた。彼女の映像によくあるからだ。


語れるほどの言葉もないので、これ以上のことはないが、長回しが嫌じゃなかったり、出てくる人物に好感を持ってしまうところが、私に取って彼女の映画は、心が落ち着く。
老人がかつて子供だったように、私達がいつでも無邪気になれることを、お尻の下から後押ししてくれるのだ。
ヴァルダの作品なら、全て観たい。

ジャック・ドゥミの映画が、フランス映画におけるヌーヴェル・ヴァーグ時代と呼ばれていると、一致したのは今日だった。
そもそもヌーベルバーグがわからないけど、何作か観ていた。『シェルブールの雨傘』など。

20代、弐番館の映画館で、1300円2本立てを、晩ご飯の時間もお金も削り、貪るように観ていた。

今、なんの糧になってるかわからないけど、『落穂拾い』だけは、影響を受けている。

デザインニットではなく、労働するためのニットを作りたい。
ワーキングクラスヒーローのためのオートクチュールだ。


ジャック・ドゥミも、父は自動車整備工場、母はガソリンスタンドと美容院を掛け持ちする家で生まれ、父親から勧められた進路は職業訓練校だった。

今日がその持ち主となる方のお誕生日で、きっとご家族から今夜贈られたであろう、 男性LLサイズのカーディガン。
クライアントをお迎えになる事務所でも着られるように、
襟元にタイを締めれば、キチンとした印象も作れるカーディガンを、とのオーダーでした。

色は、Adminal navy、海軍の紺色です。

今日までのサプライズですから、私の服と合わせてみるしか仕様がありません。
持ってる中で一番高かった靴と合わせてみました。







ポケットは縦口です。



パターンを切らず大人っぽく、使いやすいポケットをと考えました。
ボタンは、ジャケットに使うようなメタルボタンの大き目が付いてます。幅広な前立ても、ダブル仕立てにはせず、着やすく仕立てました。



袖口は、ゴム編み長めです。






70才になられる記念のお誕生日です。
いつか着ておられる時にお会い出来ると思います。


私が外出をした日は、昼寝をしても、母は待つことにくたびれ果てるのか、夜は早く寝たがる。

私にはやることがあり、早々母にと風呂を沸かし、一度潜り込んだ布団から、「お願いだから」と入るよう促し、そしてまた母は寝た。
小一時間も立たずに、コロコロと間の戸が開いたので振り返ると、母がお風呂用の白いゴム靴を持って出てきた。

「枕元にあった」と言いながら、トイレに行きがてらお風呂靴を戻していた。
クリスマスは近いけど、お風呂靴じゃ、 おやつも入られないよ。
最近ケンカばかりしており、 二人で笑ったのは久しぶりだった。

私が出掛けて一人になると、寂しいうさぎになるのか。
言われると母はうさぎ年だが、いつもお腹を空かせ、たくましい。


今の部屋は窓が多く、何か掛けられる壁は少ない。
今年の年末は、土手で摘んだ野ばらの枝でいいではないか。
先日、自分の作った物を見てもらっている友人作の一輪挿しで、悦に入っている。
小さなハウスが並べば、温かな家の想像が膨らむ。
『大草原の‥』の学校にもなってた教会にも似てやしないか。



ベストのお直しが届いた。
襟ぐりの糸切れが3箇所と、よく使う第4ボタンホールにも。

お直しは、見た時にとにかく手を付けないと本気になれないことは、よくわかっている。
集中しないとできなくて、間を置くと今度は伸び伸びになると、散々反省してきた。

シェットランドヤーンは、ほとんどの色が定番なので、直す糸はすぐに見つかった。



きれいに着てもらっている。



直した後。










小さな傷を早く見つけてもらえてありがたいのは、こんな風にすぐに直せるからだ。

神奈川に住む彼女からの手紙を読んでみると、「昨日このベストを着て、自転車で5分の市民ホールでの矢野顕子のライブに行って来た」とのこと。
「私の嬉しい気持ち、彼女のゆらゆらとした風が染み込んでいるかもしれません」

ピアニストは歌うようにピアノに指が届く。
あっこさんは息をするように歌を歌う。
私もそんな風に編めたらいいけど、まだまだ自分で書いた製図と首っ引きだ。


このベストを制作したノートを手繰ってみると、2002年2月15日から編み始め、2月24日で仕上げている。
製図やパターンを決めて、実質作業を10日間で終えている。
編むスピードが面白くて、まだ何もわかってない速さだ。
どんな編み目が美しく、編み地として身に着けて心地良いのか。
袖ぐりは?留めは?

あの頃、注文をくれた方々には感謝申し上げたい。
注文が途切れず、今に続いている。

ベストを製作した当時、授乳中だった彼女も、今では手強い二人のお嬢さんのお母さんだ。

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